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 ●イヌの親指はあったりなかったり? 


 我が家にラブラドールレトリーバー(メイと命名)が来てから数ヶ月。
彼女の爪切りの仕方をドックトレーナーさんから教えてもらっていて、びっくりしました。
なんと、うちの犬には、後ろ足の指が4本しかないのです。前足には、離れていてもちゃんと親指があるのに、後ろ足には親指がない。
 どうしてうちの犬の後ろ足には親指がないのでしょう。

「退化しちゃってるんですよ。でも、6本の犬種もいますよ。」
と聞いて、またまたびっくり。
 トレーナーさんの話では、グレートピレニーズのように山岳で生活してきたイヌは、今でも後ろ足に親指がきちんとついていて、それどころか、親指のほかにもう1本指らしい突起がついている犬種もいるのだそうです。一方、祖先が野原で生活してきた犬種では、後ろ足の親指がすでに退化してしまっている犬種もあり(うちの犬はこの系統に該当するのでしょう)、その中間の犬種では今も生まれてくる個体ごとに、親指の痕跡(オオカミ爪とか狼爪=ろうそう)という小さな突起を残していたり、なかったりするそうなのです。

 「足の指」というと、私たち人間から見ると体を構成するとても基本的なパーツの数のように思えます。それが個体ごとに違うなんて・・・。私はそのことにまず驚きました。ほとんどのイヌにとって、足の指の数は人間の盲腸ほどの役割しか与えられていないということなのでしょうか。まさに進化の現場ということなのかもしれません。

 『・・・奇妙な配置とかおかしな解決のしかたなどが、進化の証しである―賢明なる神なら決してとらず、歴史に束縛された自然の歩みがやむなくたどる道・・・』(「パンダの親指」スティーブンJグールドより)

 「進化」は現代の解釈では、あらゆる方向に無作為に起きている突然変異(突然変異は、遺伝子を構成する核酸塩基の無機化学的な置き換わり) が引き金となります。さまざまな突然変異の中で、ある個体が、その環境の中で生存に有利な変化をたまたま持って生まれ、他の個体に比べて、生存や子孫を残す確率が高くなり、その形質が子孫に受け継がれる場合に、結果として「進化」という目に見える種の変化(あるいは多様化)に定着していく、というものです。

 だから、山岳で生活するイヌにとっては、後ろ足の親指が、滑りやすい危険な岩場を登り降りする上で役に立ったからそのまま残ったのでしょう。そして、まるでパンダよろしく(*注)たまたま生まれた6本目の指(のような突起)を持つイヌも、生存に有利だったため残ったのかもしれません。
 一方で平地に生活するイヌにとっては、後ろ足の親指は、生存のためには、あってもなくてもどっちでもよかったのでしょう。むしろ無いほうが速く走るのに有利だったかもしれません。そのためたまたま親指を省略したイヌの形質がそのまま残り、長い間の混血の歴史の中でもどっちつかずのまま残っているのかもしれません。

 しかし今、気軽に「長い歴史」と書いてしまいましたが、一体、イヌが後ろ足の親指を省略するようになって、どれくらい経つのでしょうか?
ほ乳類の進化で、目に見える形質の変化のスピードは、百万年単位だと言われています。
 一方で、オオカミの中で人間に手なずけられ、ヒトと一緒に生活するようになったのがイヌです。そのイヌが誕生したのが、今から1万4000年ぐらい前とされています。そして、現在でもオオカミとイヌの間には、遺伝子上の違いはあまりないそうです。

 ということは、そもそもイヌの祖先であるオオカミの後ろ足の指の数が、すでにバラバラだった可能性があります。それどころか、現在のキツネやタヌキなど、モノをつかむ必要のない動物も、親指が退化してしまっています。オオカミどころか、分化のもっと前の段階で4本指が現れていたのかもしれません。それとも分化のあとで各々の動物が、同じように4本指を「発明」したのか。オオカミの研究を紐解けば、あるいはこのテーマの研究があるのかもしれません。

  イヌに話題を戻しましょう。
イヌはじつにさまざまな形をしています。
最近流行りのチワワのような小さい愛玩犬から、巨大なセントバーナードのようなイヌまで、同じ種類とは思えないほど多様です。
これはまさに「人為選択」の結果で、人の意のままに改造されてきた姿をイヌの中にありありと見て取ることができます。
そんな中で、後ろ足の指の数がバラバラであることは、知らなかったイヌの一面を発見たようで、とても面白い気がしました。    

 *注:前出の『パンダの親指』(スティーブンJグールド)は、パンダの前足になぜ指が6本あるのかを謎解きしているほか、進化の謎を追いかけている面白い本です。ハヤカワ文庫に文庫版が残っています。
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[1月29日作成/2月7日修正]

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